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東京大学過去問2011年(5) 解答


[全訳]
 ある朝、その家の玄関にノックの音がした。ノックは続き、誰かが「誰かいませんか?」と叫んだ。家の中から出てきたのは、数軒先の隣人、ブロディー夫人だった。最初にブロディー夫人の目に飛び込んできたのは、その不幸な少女(その名前がブロディーさんにはどうしても思い出せなかった)だった。それから彼女は、少女の母を見て、口を手で押さえて「何てことかしら」と言った。そして彼女は、その少女の母を病院に連れていくために、救急車を手配した。その間、ラムゼイ家のテッドとフローラが、ペルディタの世話をしたのだが、その夫婦は60代で、自分達の子供は既にみな独立していたのだった。彼らは繊細で、思いやりのある人間だった。
 ペルディタは、彼女の母がどこにいるのか、食事をしているのか、回復に向かっているのかということが、気にかかって仕方なかったが、この状況は一種の解放でもあった。ラムゼイ夫婦の思いやりと、心地よい配慮によって、ペルディタは自由な呼吸を取り戻したのだった。フローラとテッドは、フローラが寛げるようにと心を砕いた。ペルディタを迎え入れてもうすぐひと月になる頃、フローラ・ラムゼイは彼女に、医者に診てもらいに行こうと言った。ペルディタは「分かった」と言ったが、彼女の話し方を他の人に調べられるのは怖かった。「ちょっと調べるだけよ」と、詳細な説明はしないで、フローラは言った。そうしてペルディタは小児科の病院に付属した、あるクリニックに到着した。
 ペルディタは勇気を持とうと決意した。しかし、彼女の名前のスペルを尋ねる時に、受付の看護婦さんが笑いかけてくれたにもかかわらず、やはり、勇気を持つのは簡単ではなかった。そうして自分の名前のスペルを伝えようとして、またしても症状が露呈してしまった。そこでフローラは、よく気が付く人間だったので、そのやり取りを代わりにしてやった。
 ペルディタは、彼女がとても恐れていたクリニック裏の小さな診察室で、ビクトール・オブロフ先生に会った。彼はロシアのノボシビルスクの出身で、第一次世界大戦中は精神的な問題を抱えた兵士の治療を行うために、医師として従軍していたのだが、大戦の終わりに商船に乗ってオーストラリアにやって来たのだった。彼はフローラに向けて自己紹介したが、ペルディタもそれを注意深く聞いていた。彼は陽気で、面白い人のようだった。彼の薄くなってきている灰色の髪は長く、お洒落とは言いがたかった。そして金のフレームの眼鏡をかけていた。彼のシャツの袖は、肉体労働に取り掛かろうとするかのように、捲り上げられていた。ペルディタはすぐに気に入ってしまった。彼が話すと、その声は低く優し く、それは医者としては素晴らしい資質だった。
 「君に会えてとても嬉しいよ」と彼は言った。そして本当にそう思っているかのようだった。彼の診察室は取り散らかって、病院らしくなかったので、彼の振る舞い方は、心地よい驚きだった。
 オブロフ先生は、机の上にガラスで出来た置物(それはペーパーウェイトだったのだが)をいくつか持っていて、それを時折取り上げては、彼の繊細な手の中で回転させて、また戻すのだった。その置物の一つは、見たことのない鮮やかなブルーの花(もしかしたら自然には存在しない種類の花)が閉じ込められており、硬く、完全な球形をしていた。2つ目の置物には、嵐の海を越えてゆく小さな帆船が入っており、3つ目の置物には、鮮やかな黄色の蝶が収められていた。ペルディタはプレゼントを貰ったことがほとんどなく、真珠貝の貝殻以外には、宝物と呼べるものをほとんど持っていなかったので、オブロフ先生のこうした置物は夢のように魅力的に見えるのだった。
 最初の診察では、いくつかの質問をされたが、それ以外にはほとんど何もなかったために、オブロフ先生が本当に医者なのかさえも、ペルディタには疑わしく思えるほどであった。彼は、自分のいじっている3つの置物を、ペルディタがじっと見ていることに気付き、彼が彼女にいくつか質問をする間、どれか一つを選んで持っているのはどうだい、と提案した。そうすれば話しやすくなるだろう、と彼は言った。ペルディタはそれを馬鹿げた提案だと思ったが、彼を喜ばせるために頷いた。それに、その置物を触ってもよいと彼が言ってくれることを、彼女も期待していたのだ。彼女は、夢のような花が閉じ込められた置物を選んだ。
 「君が僕に話すとき」とオブロフ先生は言った。「君の声が、君を超えて、置物の中に入っていって、その後に、まるで魔法のように、青い花の真ん中から飛び出してくるのだと想像してごらん」
 今度もまた、ペルディタはそれを馬鹿げた提案だと思った。先生は自分のことを小さな女の子のように扱っているのだと感じた。しかしその置物がとても美しかったので、そうした感情に何とか打ち勝つことが出来た。彼女はそのペーパーウェイトを握った。それはひんやりとして、完璧で、彼女がこれまでに見たものの中で、最も美しいものだと認めないわけにはいかなかった。そうしてオブロフ先生の簡単な質問に応じたのだが、それはとても小さな声で問われるので、ほとんど聴き取れないほどだった。
 ええ、この問題は2年前、私がパパの死んでるのを見てしまった時から始まったの。ええ、それはどんどん悪くなって、だんだん話をしなくなったの。ええ、時には楽に話せることもあるわ。シェイクスピアの詩を丸々暗唱もできるわ。ママから教わったから。
 これを聞き、オブロフ先生は椅子の背にたれかかり、両手の指を組んだ。
 「シェイクスピアだって?」
 「そう言ってました」フローラは大きな声で割って入った。
 ペルディタは彼女を見て笑うと、再びガラスのペーパーウェイトの複雑な美しさに見入った。
 「お願いできるかい?」と医師は言った。「1節か2節でいいから」
 それは造作もないことだった。ペルディタはハムレットの有名なスピーチを暗唱した。それは彼女にとって最も簡単なものだった。彼女は言葉達が、誇り高く、自分の舌からスラスラと流れ出るのを聞いた。
 オブロフ先生は驚いたようだった。フローラは幸せそうに笑い、そして有名な俳優に会って興奮した少女のように、ハンドバッグを抱きしめた。
 「なるほど」医師は言った。
 彼は開いた手のひらを差し出した。彼女は彼の手に、慎重にペーパーウェイトを置いた。それは光をとらえて、宝石のように輝いた。
 「いつか」と彼は言った。「君がまたスラスラ話せるようになったら、それを持って帰っていいよ」
 ペルディタは一瞬の間、心が浮き立つようだったが、すぐに疑念が生まれた。どう考えても、彼にそれを守る義務があるとは思えなかったからだ。しかしオブロフ先生は彼女に笑いかけ、手を伸ばして、握手をした。その様子は、結局の所、彼女を子供などではなく、対等な大人と見なしているようだった。彼女は、真摯な気持ちで医師の手をとり、大人みたいに握手をし、来てよかったと嬉しく思った。


[単語・熟語 level A]


[単語・熟語 level B]


[解答]
(1)(1a)
(1b)
(1c)
(1d)
(2)(2a)
(2b)
(2c)
(3)
(4)
(5)about to engage in physical labour 
(6)
(7)
(8)青い花の入った美しい置物のおかげで、自分がオブロフ先生に子供扱いされているという不満な気持ちを、どうにか我慢することができた。 
(9)
(10)


[解説]
*解答をE-mailで送って頂ければ採点して返信します。E-mail:info@exclusive-academia.com

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