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東京大学過去問2013年(5) 解答


[全訳]
 私は11歳の頃、週に1度、ケイティ・マッキンタイア先生という女性に、バイオリンを教わっていた。彼女は市内のビルの4階に、大きくて日当たりの良い部屋を持っていた。そのビルの下の階には、歯医者と紙屋と低価格の写真屋が入っていた。4階まで上がるには、ガタガタと揺れる古臭いエレベーターに乗らねばならなかった。そしてその4階には、彼女の他に一人だけ、死者と交信出来るという専門家、E・サンプソンさんが入居していた。
 私は、母の友人達の噂話で、サンプソンさんについて聞いた事があった。高名な医師の娘である彼女は、かつてクレイフィールド大学に通い、賢く人気のある女性だった。しかし、彼女の才能は突然発現した、というのが母の友人達の言い草だった。つまりその才能は、突然覚醒したのだ。ただし、彼女の賢さや明るい性格は全く変わる事がなかった。
 彼女は死者達の声を話すようになった。郊外の公園で殺害された幼い子供達、戦死した兵士達、家族を残して死んだ息子や兄弟。時々、私がレッスンに早目に着くと、彼女とエレベーターで一緒になったものだった。そんな時、私はバイオリンを抱き締めて、エレベーターの壁にきつく身を寄せて、彼女が持ち込んだかもしれない死者の霊のために場所を空けた。
 ビルのエントランスホールのエレベーター脇に、歯医者や写真屋や私のマッキンタイア先生のものに混じって、彼女の名が「E.サンプソン 心霊術師」と堂々と並べられているのを見るのは、奇妙な感じがした。当時、音楽が下に掲げられているような日常的な業務(つまり歯医者のドリルさばきや、海外に行く人のためにパスポートの写真を撮るといったもの)と切り離されているのは、もっとも事だと思えた。しかし私は、サンプソンさんが実用的な靴やビジネスライクなスーツを身に付けていたにも関わらず、彼女のことを医者の偽物のように思っていた。だからマッキンタイア先生とクラシック音楽が、サンプソンさんや、サンプソンさんの部屋まではるばるやってきて、私達と一緒に最後の階までのエレベーターに乗る、悲しそうな目をした女性達(それは大体女性だった)と結び付けられることを残念に思った。夫が銀行の管理職だったかもしれない女性達。スマートな帽子と手袋を身に付け、ついにここまで追い詰められてしまった事態にあらがうように、顎を少し持ち上げていた。病院の食堂やオフィスで働いている女性達。今は皆、場に相応しい帽子と手袋を身に付けているが、人と一緒になる事や、エレベーターの上っていく高さを恐れているようだった。彼女達は女性らしい仕草で肘を使って、お互いに距離を取ろうとしたが、混雑のせいで密着してしまうと、また肘を使い、丁寧に「すみません」「申し訳ありません」などと言った。
 そのような時、エレベーターは積載人数が限界で、大変な重労働をこなしていた。そして古い機械のシャフトが軋んでいたのは、人の体の重さのせいだけではなく(注意書きには8人までと書いてあった)、あらゆる哀しみ、あらゆる絶望、そして最後の希望、そして悲嘆に潜む例のあらゆる威厳のせいだった。私達はゆっくりと上っていった。
 サンプソンは時折、何でもない好奇心から(彼女にそのようなものがあったとしたらの話だが)私にちょっと目を留めるので、彼女がこんな小さな11歳児の背後に何を見ているのだろうかと、酷く気になった。その年頃のほとんどの少年と同様に、私にも隠さねばならないことが多くあったからである。しかし彼女は、私を見透かそうというのではなく、私自身を見ているようだった。彼女が微笑むので、私も微笑み返した。私は、声がちゃんと出るように咳払いをしてから、彼女を騙して私の秘密に関わらないでもらうための、育ちの良いやり口で、「今日は、ミス・サンプソン」と言ったものだった。「今日は、坊や」と応じる彼女の声は、何処にでもいるおばさんのようだった。
 だからこそ、私がマッキンタイア先生のスタジオのすぐ外の椅子に座って自分のレッスンを待ちながら、とびきり優秀な生徒であるベン・スタインバーグがマックス・ブルッフを演奏するのを聴いていた時に、穏やかだったサンプソンさんのその声が、奇妙に歪んで、彼女のオフィスの半開きのドアから漏れてきた時の私の驚きは、並々ならぬものだった。彼女の元を訪れる、例の女性達の息遣いよりは大きかったものの、その声は1段階、いや数段階もトーンが低く、別の大陸からやって来たかのようだった。それは彼女を通して語る、インド人だったのだ。
 それはもはや、エレベーターの中の女性と同じ存在だとは思えなかった。そして私は、線路上で蒸気をあげて発車を待つ列車の窓から、かつて見た光景を思い出した。待合室のガラスの向こうに3人の老人がいて、その閉じた空間は、蛍で一杯の瓶のように、彼らの息遣いでキラキラと光っていたのだ。それは間違いなく現実だったのだが、それに対する私の見方が現実を変化させたのだ。そして私は、その距離と裸眼では見えるはずもなかった所まで思い出すことが出来ることに気付き、驚嘆した。1人の老人の目の緑がかった灰色、シャツの襟の近くのしみ。サンプソンさんの部屋を覗き込むのは、それと似ていた。あまりにも多くのものが見えてしまった。私は目が眩み、汗をかき始めた。
 物語、つまりどこかへ繋がっていく、あるいは何かを証明するといった一連の出来事は、ここにはない。通過点もなければ、終わりもない。ただ半分開いたドアから、チラリと中を覗いただけである。


[単語・熟語 level A]


[単語・熟語 level B]


[解答]
(1) ウ
(2)(a) ク
(b) ウ
(c) ア
(3) the dead
(4) エ
(5) ア
(6) エ
(7) ア
(8) その距離と裸眼では見えるはずもなかった細かな所まで思い出すことが出来る


[解説]
*解答をE-mailで送って頂ければ採点して返信します。E-mail:info@exclusive-academia.com

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